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嘔吐・吐き気

嘔吐・吐き気

嘔吐・吐き気とは

嘔吐や吐き気の症状は、脳内の嘔吐中枢が刺激されることにより、胃の中の食べ物を実際に口から戻してしまったり、あるいは戻しそうになる状態であり、非常に多くの病気で嘔吐や吐き気の症状は生じます。嘔吐や嘔気の症状は、急性胃腸炎や逆流性食道炎、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、腸閉塞などの胃腸疾患や、胆石症などの消化器の病気によっておこることが多いものの、脳梗塞や脳腫瘍などの頭蓋内病変により起こったり、耳鼻科領域の病気により体のバランス機能がうまく働かずめまいと共に生じることもあります。また、重症の糖尿病や電解質異常、腎不全や肝不全などの全身状態悪化に伴って発生したり、インフルエンザやコロナ感染症では発熱に伴い吐き気を認めることがあり様々な病気が嘔気や嘔吐の原因になります。さらに、精神的なストレスで吐き気を認めることもあれば、飲酒や特定の薬物の副作用で吐き気が起こることもあります。また病気ではないものの、女性では妊娠初期のつわりでも吐き気を認めます。嘔吐や吐き気の症状の原因疾患は多岐にわたるため、嘔吐や吐き気の症状を認めた時には、下痢や腹痛やめまい、頭痛や発熱などの随伴症状の有無や病状経過、身体所見、種々の検査などにより的確に原因を特定し、適切な治療を選択することが必要になります。


嘔吐・吐き気の症状と原因

嘔吐や吐き気の症状の原因となる病気は、多岐にわたります。その原因は大きく分けて、①消化器の病気、②頭蓋内の中枢神経の病気、③身体のバランスをつかさどる耳鼻科領域の病気、④その他の原因に分けられます。それらの原因疾患では嘔吐や嘔気以外の症状を認めることも多く、その随伴症状や病状経過などから原因を推定し、各種検査を行うことで的確な診断と治療を行うことが必要になります。

①消化器疾患による嘔気・嘔吐

●感染性腸炎

感染性胃腸炎は経口から侵入した微生物による胃腸の感染症で、ウイルス性腸炎では水様性の下痢と嘔吐が主体の小腸型の腸炎を認め、細菌性腸炎では大腸粘膜を損傷し血便などを認める大腸型の腸炎を認めることが多いです。多くの場合、十分な水分摂取と整腸剤内服などによる保存的治療で改善しますが、一部の細菌や寄生虫感染では抗生剤による治療を必要とすることもあります。

●逆流性食道炎

胃と食道の境界部を超えて胃酸が食道内に逆流することにより食道粘膜が障害されることで、吐き気やむかつき、心窩部痛などの症状を認める病気です。生活習慣の改善や制酸剤の内服などの治療により症状が改善することが多いものの、高度な食道裂孔ヘルニアなどの病態が併存している場合には、難治性の吐き気を認めることもあります。

●胃炎や十二指腸炎

胃の中には食物を消化するための胃酸が存在しますが、胃酸の影響などにより胃や十二指腸の粘膜にダメージが生じる胃炎や十二指腸炎の場合にも、吐き気や上腹部痛、食欲不振などの症状を認めることがあります。胃炎や十二指腸炎は、痛み止めなどの内服薬やストレスによる影響で比較的急性に起こることもあれば、ピロリ菌感染が原因となり継続的に慢性炎症が持続することもあります。

●胃潰瘍や十二指腸潰瘍

胃内の食物を消化するために分泌された胃酸の影響で胃や十二指腸に高度な粘膜障害をきたし潰瘍を生じると、腹痛や嘔気・嘔吐の原因となります。消化管出血や消化管穿孔を起こしていない胃潰瘍や十二指腸潰瘍では、制酸剤の内服による保存的治療で改善することが多いです。胃潰瘍や十二指腸潰瘍の発生にはピロリ菌が関与していることも多く、ピロリ菌感染がある場合は除菌治療が勧められます。

●消化管の悪性腫瘍

胃癌や食道癌などの消化管の悪性腫瘍でも嘔気や吐き気の症状の原因となります。通過障害を起こすような進行した食道癌では、嚥下困難などの症状とともに嘔気の症状を認めたり、経口摂取した食べ物が食道を通過できないことで嘔吐を生じることがあります。進行胃癌でも胃壁の進展不良や通過障害などにより食欲不振や嘔気・嘔吐の症状を認めることがあります。また大腸閉塞をきたすような進行大腸癌では、高度な通過障害を起こすと腹満や腹痛、排便障害、嘔気・嘔吐の症状を認めることがあります。

●腸閉塞

以前に腹部の手術をしたことがある人は手術の影響により腸間膜に癒着を認め、時に小腸の狭窄や閉塞を起こす癒着性の腸閉塞を起こすことがあります。また手術歴のない人でも、ヘルニアや腹腔内索状物などのために腸閉塞を発症することがあります。腸閉塞を起こすと小腸内に食物や消化液が滞留し排便が停止し、腹痛や腹部膨満、嘔吐・嘔気などの症状を認めます。

●便秘

腸管の明らかな炎症や狭窄などの形態的な異常がないものの、腸管の動きなどの不調により機能的な排便障害を生じる「いわゆる便秘」では、腸管運動の低下により大腸内に便の貯留が起こることで、腹痛や残便感、排便困難などの症状を認め、便秘が高度になると腹部膨満や嘔気や嘔吐を伴うこともあります。腸管の狭窄や閉塞などの器質的な病変を伴わない便秘症では、生活習慣の改善や内服薬の調節により排便コントロールを行います。

●虫垂炎

虫垂炎とは、便などが虫垂にはまり込み細菌感染をおこす病気で、一般の人にはいわゆる「盲腸」という呼び名で知られています。虫垂炎の典型的な症状は右下腹部痛ですが、虫垂炎は初期には右下腹部の痛みの症状ははっきりせず、むかつきや吐き気の症状しか認めないこともあり、時に診断に苦慮することがあります。

●虚血性大腸炎

一時的に大腸への血流が低下し、大腸粘膜が障害され腹痛や血便をきたす病気です。便秘の人に多く、トイレできばって腹圧をかけて硬い便が出た後から腹痛を認め、その後に血便や血便を伴う下痢になるといった病状経過が典型的ですが、嘔気や嘔吐を伴うこともしばしばあります。虚血性大腸炎では、内服薬で排便状態のコントロールと腸管の安静を図る保存的治療で改善することがほとんどです。

●胆石症

食べ物の中の脂肪分の消化・吸収を行う消化液である胆汁は肝臓で生成され胆嚢に貯留されますが、胆嚢内にできた胆石が胆嚢の頸部や総胆管に陥頓する胆石発作を起こすと上腹部痛や背部痛、嘔吐や嘔気などの症状を認めます。脂肪分の多い食事をした後にこれらの症状を認めるのが典型的な発症パターンで、胆石はあるだけでは無症状のことも多いものの、胆石発作を繰り返す場合や、細菌感染を併発し高熱を伴う胆嚢炎や胆管炎を発症する場合には胆嚢ごと摘出する外科的治療が行われます。

●膵炎

膵臓が生成する消化酵素である膵液が活性化されることで膵臓自体や内臓が膵液で消化されてしまう病気が膵炎で、強い上腹部痛や背部痛、吐き気や嘔吐、発熱などを生じます。急性膵炎の最多の原因は大量飲酒によるアルコール性ですが、胆石や膵管形成異常などにより膵炎を発症することもあります。

②頭蓋内の病気による嘔気・嘔吐

●脳梗塞・脳腫瘍などの頭蓋内病変

脳梗塞や脳腫瘍などの頭蓋内病変でも吐き気が起こる場合があります。糖尿病や高血圧、高脂血症など動脈硬化を生じる基礎疾患のある人や高齢者では、脳に血流を送る血管が閉塞し脳梗塞を発症すると、四肢の麻痺などの神経症状とともに、めまいや嘔吐や吐き気などの症状を起こすことがあります。また脳腫瘍や脳出血でも、頭痛とともに嘔吐や嘔気を認めることがあります。これらの頭蓋内病変の診断にはMRIなどによる頭部の画像検査が必要で、専門の脳神経外科などでの精密検査が必要になります。また頭蓋内に細菌やウイルスが侵入する事で起こる髄膜炎や脳炎でも嘔気や嘔吐を認めることがありますが、髄膜炎や脳炎では多くの場合で激しい頭痛や高熱を伴います。

③耳鼻科領域の病気による嘔気・嘔吐

●良性発作性頭位めまい症などの耳鼻科疾患

耳の奥には三半規管と呼ばれる身体のバランスをつかさどっている部分があるために、耳鼻科領域の病気によりバランス失調を起こしてめまいを生じ、めまいと共に嘔吐や嘔気が起きることもしばしばあります。良性発作性頭位めまい症は耳の奥の三半規管に小さな石(耳石)が迷い込むことでめまいや嘔吐を生じ、耳鼻科領域のめまいでは最もよく見られる疾患です。その他メニエル病や前庭神経炎などの耳鼻科領域の病気でも、めまいや吐き気が見られます。これらの病気の診断と治療には、専門の耳鼻科への受診が必要になります。

④それ以外の原因による吐き気・嘔吐

それ以外にも、様々な原因で嘔吐や吐き気の症状は見られます。尿管結石は腎臓から膀胱までの尿の通路である尿管に結石が詰まることにより激しい腹痛や背部痛を認め、嘔吐や嘔気を伴うことも多いです。コロナやインフルエンザや細菌性肺炎などの呼吸器感染症で高熱がでて体調不良となった場合にも嘔気や嘔吐を時に認め、腎臓に細菌感染をおこし高熱や背部痛を生じる腎盂腎炎でもしばしば嘔気を伴います。進行した悪性腫瘍や腎不全や肝不全、心筋梗塞などの虚血性心疾患や心不全などで全身状態が悪化した場合にも、吐き気や嘔吐や食欲不振などを認めることがあり、低ナトリウム血症などの電解質異常や高度な高血糖でも嘔気や嘔吐の症状を伴うことがあります。それ以外にも、精神的なストレスなどにより吐き気の症状を強く感じたり、過食症や拒食症など食行動の異常を伴う精神疾患でも吐き気や嘔吐の症状は見られます。また、大量飲酒後の二日酔いの状態や、抗がん剤や麻薬系の鎮痛剤などの薬の副作用が吐き気や嘔吐の原因になることもあります。さらに、病気ではないものの若い女性では妊娠初期のつわりの症状として嘔吐や嘔気が強く出る人もいます。

嘔吐・吐き気を起こす病気の検査と診断

嘔吐や吐き気の原因となる病気は数多くありますが、嘔気や嘔吐以外の随伴症状や、病状経過などから原因疾患をある程度推定できることもあります。腹痛や下痢や便秘、血便などの腹部症状があれば消化器疾患が疑われます。一方、麻痺や四肢の運動機能障害、痙攣などを認めれば頭蓋内病変の可能性が、めまいや耳鳴りなどの症状を伴えば耳鼻科疾患が疑われます。消化器疾患が疑われる場合は、エコーやCT、内視鏡などの画像検査を行うことでその原因を検索します。一方、頭蓋内の脳神経疾患が疑われれば専門の脳神経外科などを受診しMRIなどの画像検査が必要になり、耳鼻科領域の病気が疑われる場合には専門の耳鼻科受診による検査・治療が必要になります。高熱を伴っていれば、発熱による全身状態の悪化とそれに付随する嘔気や嘔吐が考えられます。咳や咽頭痛などの呼吸器症状があればインフルエンザやコロナ感染症などの可能性が考えられ、発熱と伴に背部痛や残尿感や排尿時痛があれば腎盂腎炎などの泌尿器疾患を疑います。それ以外に電解質異常や糖代謝異常などの全身状態の悪化も嘔気や嘔吐を引き起こしますが、血液検査を行うことでそれらの病気の可能性や病状を評価できることもあります。さらに薬の副作用や妊娠による可能性なども考慮し、内服薬の有無や妊娠の有無などをチェックする必要もあります。


嘔吐・吐き気を起こす病気の治療

嘔吐や吐き気を引き起こす病気は多数あり、治療の方法はそれぞれの原因により異なります。胃炎や十二指腸炎、逆流性食道炎、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、虚血性大腸炎などの消化器疾患では薬による内科的治療で改善することも多いものの、胃や十二指腸の壁に穴が開く穿孔性の胃潰瘍や十二指腸潰瘍では多くの場合手術による外科的治療が必要になります。虫垂炎も抗生剤投与による保存的治療で改善することもありますが、手術による外科治療が必要になることも多いです。腸閉塞の場合、癒着性の腸閉塞では鼻から小腸内にイレウス管と呼ばれる管を挿入し小腸内に貯留した腸液を排出し一時的な絶食と点滴による保存的治療で改善することもあるものの、保存的治療で改善が見られない場合や血流障害を伴う腸閉塞では外科的手術が選択されます。悪性腫瘍が原因の場合には、病気の進行度を適切に評価し患者さんの全身状態なども考慮して最善の治療法を選択する必要があります。感染性腸炎などの消化器感染症では、一般的に整腸剤や胃薬、制吐剤などの内服による保存的治療で改善しますが、一部の細菌や寄生虫感染では抗生剤の使用が必要にあることもあります。インフルエンザやコロナウイルス、腎盂腎炎などの感染症では、抗ウイルス薬や抗生剤での治療が必要になることもあります。また肝不全、腎不全、代謝電解質異常が原因の場合も、それぞれの病気に対する治療が選択されます。さらに、頭蓋内病変や耳鼻科領域の病気、精神的な病気が嘔吐や吐き気の原因の場合には、脳神経外科や耳鼻科、心療内科などそれぞれの専門医による検査と治療が必要になります。