下腹部痛
下腹部痛とは
下腹部痛の原因には様々な病気が挙げられ、頻度的に多いのは消化管の病気で、便秘や下痢などに伴う腸管蠕動運動が原因となった下腹部痛が実際にはよく見られます。感染性腸炎などの腸管感染症による下痢や、過敏性腸症候群で認める下痢や便秘、時に潰瘍性大腸炎やクローン病などの免疫機能が関与した腸管炎症による下痢や血便でもしばしば下腹部痛を認めます。また、腸管の蠕動運動低下などにより機能性の排便障害が起こる「いわゆる便秘」でも、下腹部痛の原因になります。さらに、腸管の癒着やヘルニアなどにより生じる腸閉塞や、腸管の腫瘍性病変などによる器質的な排便障害でも下腹部痛は起こります。一方、虫垂炎や大腸憩室炎では、痛みの場所が限局している限局性腹膜炎による体性痛を認めることが多いです。また、女性では子宮や卵巣などの婦人科疾患が下腹部痛の原因になることもしばしばあり、女性の下腹部痛では婦人科疾患にも注意が必要です。さらに尿管結石や膀胱炎、尿閉などの泌尿器疾患、動脈瘤の解離や破裂、帯状疱疹など、消化管以外の原因で下腹部痛が起こることもあります。そのために下腹部痛の診察では、腹痛以外に生じる随伴症状や病状経過などから原因を推定し、種々の検査による的確な診断と治療が必要になります。
下腹部痛の症状と原因
下腹部痛の原因となる病気は多数ありますが、大きく分けて、①小腸や大腸などの食物が通過する臓器である消化管の病気、②女性の場合は卵巣や子宮などの婦人科の病気、③それ以外の病気の3つに分類されます。さらに、下腹部痛に随伴する他の症状や、病状経過、痛みの場所や性状などにより、ある程度その原因疾患を推定できることもあります。腹部の痛みはその痛みの性状から内臓痛と体性痛の2種類があり、内臓痛は消化管の蠕動や炎症などが内臓神経を刺激することで生じる痛みの場所が漠然とした鈍い痛みです。一方で、体性痛は腹膜や腸間膜に分布する知覚神経が刺激されることで生じる痛みであり、痛みの場所がはっきりしている針で刺すような鋭い痛みです。一般的に腹腔内の病気では内臓痛を認めることが多いものの、病状の進行とともに炎症が高度になり腹膜まで炎症が波及すると体性痛に痛みの性状が変化してくることもあります。消化管の病気が痛みの原因であるときには、腹痛以外に下痢や便秘などの消化器症状を認めたり、食事摂取や排便などにより腹痛の程度が増減する痛みを認めることも多いです。また女性の下腹部痛では、婦人科疾患が原因のことがあり注意が必要です。逆に男性では前立腺肥大に伴う尿閉や、極めてまれではあるものの精巣捻転などの泌尿器疾患でも下腹部痛を認めることがあります。さらに帯状疱疹などの皮膚疾患や、動脈瘤の解離や破裂など血管病変が下腹部痛の原因になることもあります。これらの病気では、婦人科や泌尿器科、心臓血管外科などの専門医に受診し、検査や治療が必要になることもあります。
①消化管の病気
●感染性腸炎
感染性腸炎は経口から侵入した微生物による腸管感染症で、ウイルス性腸炎では水様性の下痢や嘔吐、腹痛が主体の小腸型腸炎を認め、細菌性腸炎では大腸粘膜を損傷し血便や粘血便や腹痛を認める大腸型腸炎を認めることが多いです。腹痛は下腹部痛だけでなく上腹部や腹部全体が痛むこともしばしばあり、腸管の蠕動により生じる波のある痛みを認めることが多いです。多くの場合は、十分な水分摂取と整腸剤や胃薬の内服による保存的治療で改善しますが、一部の細菌や寄生虫感染では抗生剤による治療を必要とすることもあります。
●炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)
潰瘍性大腸炎やクローン病は人体の免疫機能の働きが関与し腸管に炎症が起こり、下痢や腹痛、血便などの症状を認める病気で、若い人にも起こります。潰瘍性大腸炎では、肛門近くの直腸から口側の大腸に連続してびらんや潰瘍を認め、血便や下痢、腹痛を起こします。クローン病は食道から肛門に至る全消化管に非連続性に炎症性変化を起こす病気です。ともに特定疾患に指定されている難病で、炎症性腸疾患が疑われる場合には、内視鏡検査による精密検査による適確な診断と、病状に応じて適切な治療を継続する必要があります。
●過敏性腸症候群
過敏性腸症候群は内視鏡検査で腸管の形態的な異常は認めないものの、腸管の蠕動運動がスムーズに作動しないことで慢性的に下痢や便秘、腹痛などの症状を認める病気で、しばしば不安やストレスが症状を悪化させることもあります。過敏性腸症候群は生死にかかわる病気ではないものの、炎症性腸疾患や大腸癌などの器質的な疾患との鑑別のため一度は内視鏡検査での検査が必要になることもあります。
●虚血性大腸炎
虚血性大腸炎は大腸への血流が一時的に低下することで大腸粘膜が障害され、血便や腹痛を生じる病気です。高齢者や便秘の人に発症しやすい傾向があり、トイレできばって腹圧をかけ硬い便を出した後に下腹部から左側腹部の腹痛を認め、血便や下痢を生じるといった病状経過が典型的ですが、腹圧をかけなくても発症したたり、若い人に起こることもあります。虚血性大腸炎は大腸の血流領域の境界部である下行結腸からS状結腸に好発し、左側腹部から下腹部にかけて痛みを認めることが多いです。
●便秘
胃腸の明らかな炎症や狭窄などの大腸の形態的な異常がないものの、胃腸の動きなどの不調により排便障害を生じる「いわゆる便秘」である機能的な便秘症では、腸管運動の低下により大腸内に便の貯留が起こることで、腹痛や腹部膨満、残便感や排便困難などの症状を認めます。腸管の狭窄や閉塞などの器質的病変を伴わない便秘では、生活習慣の改善や内服薬の調節により排便コントロールを行います。
●腸閉塞
以前に腹部の手術歴のある人は、過去の手術の影響で腸間膜が癒着し、小腸の狭窄や閉塞を起こす癒着性の腸閉塞を起こすことがあります。また手術歴のない人でも、ヘルニアや腹腔内索状物が原因となり腸閉塞を発症することもあります。腸閉塞を起こすと小腸内に食物や消化液が滞留し排便が停止し、腹痛や腹部膨満、嘔気・嘔吐などの症状を認めます。腹痛は下腹部だけではなく、上腹部や腹部全体に広がることもよく見られます。
●腹腔内の悪性腫瘍
早期の大腸癌は腹痛の症状を認めることはほとんどありませんが、大腸癌が進行し大腸の内腔が腫瘍により狭窄・閉塞すると、排便障害や腹痛、腹部膨満や血便などの症状を認めることがあります。大腸癌の好発部位は、直腸からS状結腸にかけての肛門に近い大腸であり、下腹部の大腸に起こった進行大腸癌では時に下腹部痛を認めます。また胃癌や膵臓癌などの悪性腫瘍も腹腔内に進行しすると、腹膜に転移したり腹水の貯留などを起こすことで下腹部痛の原因になることがあります。
●虫垂炎
虫垂炎は便などが虫垂にはまり込み細菌感染をおこす病気で、一般の人にはいわゆる「盲腸」という呼び名で知られています。虫垂炎の典型的な症状は右下腹部痛で、細菌感染による炎症が広がると右下腹部に響く体性痛の痛みとなり、限局性の腹膜炎の症状を認めます。ただし、初期の虫垂炎では右下腹部痛の症状がはっきりせず、むかつきや吐き気、みぞおち付近の軽度の腹痛しか認めないこともあり、診断に苦慮することがあります。
●大腸憩室炎
憩室とは消化管の壁の一部が外側に袋状に飛び出したもので、大腸憩室が消化管の憩室のなかでは最も頻繁に見られます。この大腸憩室に糞便などが貯留し細菌感染を起こすことで憩室炎は起こります。大腸憩室は上行結腸とS状結腸にできやすいため、憩室炎は右側腹部と下腹部に発症しやすいものの、大腸憩室は全大腸に発生する可能性はあり、上腹部でも憩室炎を起こすことはあります。大腸憩室炎では炎症が腹膜に広がる限局性の腹膜炎を示すこと多く、ピンポイントに圧痛を認める体性痛の痛みをしばしば認めます。
②女性におこる婦人科疾患
女性の下腹部には子宮と卵巣があるために、女性では婦人科疾患がしばしば下腹部痛の原因になります。生理中や生理の前後に子宮が収縮したりすることで起こる生理痛でも下腹部痛を認めます。生理痛には個人差もあり、生理痛が日常生活に支障がきたすほど症状が強い時には月経困難症と言われ、子宮内膜症や子宮腺筋症、子宮筋腫などが関与していることもあります。また卵子が卵管に排出される時の排卵痛では、チクチクとした痛みを認めることもあります。子宮や卵管・卵巣などに細菌やウイルス、クラミジアなどの感染が起こり生じる子宮頚管炎や卵管炎でも下腹部痛を認め、おりものの増加や発熱などの症状を伴うこともあります。さらに炎症が骨盤内まで広がると骨盤腹膜炎となり、時に肝臓周囲の右上腹部まで炎症が広がることもあります。子宮外妊娠や卵巣出血では、突然発症の強い下腹部痛と多量の腹腔内出血を認めることがあり注意が必要です。卵巣腫瘍は頻度的には良性腫瘍が多いものの、大きくなると下腹部痛の原因となることがあり、また卵巣腫瘍が大きくなり卵巣捻転を起こしたり、嚢腫が破裂すると激しい下腹部痛を生じます。また、子宮や卵巣の悪性腫瘍が進行すると、やはり下腹部の痛みを認めることがあります。子宮や卵巣の種々の病気で下腹部痛を生じ、これらの病気では専門の婦人科受診による検査と治療が必要となるために、月経周期に伴う下腹部痛や、月経異常や月経過多、不正性器出血、おりものの量や性状変化などが有る場合、また妊娠の可能性がある人や妊娠中の人の下腹部痛では、まずは婦人科への受診が必要になります。
③それ以外の病気による下腹部痛
●膀胱炎や尿管結石など泌尿器疾患
膀胱炎は細菌が膀胱に逆行性に感染することで起こり、排尿時痛や残尿感、頻尿、下腹部痛などの症状を認めます。膀胱炎では抗生剤の内服と水分摂取を十分行い、尿量をしっかり確保する保存的治療で多くの場合改善します。 尿管結石は腎臓から膀胱までの尿の通路である尿管に結石が詰まることで、下腹部痛や側背部痛を生じる病気です。かなりの激痛となることもあるものの、基本的に命にかかわることはありません。痛みが強い時には痛み止めを使用し結石が膀胱に落ちるのを待つ保存的治療を行いますが、難治性の結石に対して専門の泌尿器科では結石の破砕術が選択されることもあります。また、膀胱からの尿は尿道を通過して外部に排尿されますが、何らかの原因で尿道からの尿の排出が困難となり膀胱内に尿がパンパンに溜まってしまう状態が尿閉で、尿閉でも下腹部の強い痛みを生じることがあります。尿閉の原因には尿道腫瘍や尿道結石などもありますが、最も頻繁にみられるのは男性の前立腺肥大による尿閉です。男性では中年以降になると前立腺が肥大し排尿困難や尿閉を時に認め、尿閉ではカテーテルを膀胱内に挿入して溜まった尿を排出し、尿閉の原因となる前立腺肥大に対しては内服治療を行ったり、専門の泌尿器科では外科的な治療が行われることもあります。また、男性では非常に稀ではあるものの、睾丸がねじれて起こる精巣捻転でも下腹部から陰嚢にかけての激痛が見られます。これらの泌尿器疾患が疑われる場合には、専門の泌尿器科へ受診の上での検査や治療が必要になります。
●帯状疱疹
以前に水疱瘡になった時に感染した水痘・帯状疱疹ウイルスはその後も体内の神経に潜んでいて、加齢や病気などで免疫力が低下するとウイルスが再活性化し、痛みを伴う皮疹を生じる病気が帯状疱疹です。痛みを伴う水ぶくれや発赤調の皮疹が見られれば診断は比較的容易ですが、帯状疱疹の初期には皮疹が見られず自覚症状は痛みだけのこともあり、皮疹が見られないとしばしば診断に苦慮することになります。帯状疱疹は体中どこでも起こる可能性があり腹部のどこにでも起こりますが、ほとんどの場合には左右どちらかに発症します。
●血管病変による下腹部痛
頻度的には稀ではあるものの、腹部大動脈や腸骨動脈などに発生した動脈瘤が破裂したり、動脈瘤の内膜が避ける解離などの血管病変でも強い腹痛や背部痛を認めることがあります。これらの病気では、専門の心臓血管外科などでの検査・治療が必要になります。
下腹部痛を起こす病気の診断と検査
下腹部痛を起こす病気は数多くあるために、腹痛以外の随伴症状、病状経過、腹痛の場所や性状などからある程度その原因を推定し、病気を絞り込んだうえで、適切な検査をして確定診断を行います。下腹部痛では消化管の病気が原因であることが多く、一般の診療所での診察では血液検査や腹部エコーなど体への負担が比較的少ない検査がまずは選択されます。超音波検査では気体の背後は超音波が届かず描出できないために、エコーでは内部に気体を含んでいる腸管の診断や評価が困難なことも多く、的確な診断には内視鏡やCTなどの検査が必要になることもしばしばあります。また、女性の下腹部痛では、子宮や卵巣など婦人科の病気による下腹部痛もしばしば認められます。子宮や卵巣の診断では、内科で行う体表からのエコーでは腸管ガスがかぶり評価が難しいことも多く、専門の婦人科で行われる経膣エコーによる検査の方が詳細な観察が可能であり、婦人科疾患が疑われる場合には専門の婦人科での精密検査が必要になります。また、尿管結石や帯状疱疹、動脈瘤の破裂や解離など消化器の以外の病気が原因で起こる腹痛では、それぞれの専門の泌尿器科や皮膚科、心臓血管外科など専門医を受診したうえで、正確な診断と専門的な治療が必要にあることもしばしばあります。
下腹部痛を起こす病気の治療
下腹部痛の原因となる病気は数多くあり、治療法はそれぞれの原因により異なります。感染性腸炎などの消化管の感染性疾患では、整腸剤や胃薬、制吐剤などの内服による保存的治療で改善することが多いものの、一部の細菌や寄生虫の感染では抗生剤の使用が必要にあることもあります。いわゆる機能的な排便障害である便秘や過敏性腸症候群では腸管自体に形態異常は見られず、生活習慣の改善や内服薬の調節などによる治療を行います。潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患では内視鏡検査などにより適確な病状評価を行い、それに応じて適切な治療を選択し継続することが必要になります。腸閉塞では、癒着性の腸閉塞の場合には鼻から小腸にイレウス管と呼ばれる管を挿入し腸液を排出し一時的な絶食と点滴を行う保存的治療で改善することもあるものの、血流障害を伴う腸閉塞や保存的治療で改善しない腸閉塞では外科的手術が選択されます。憩室炎や虚血性大腸炎では一時的な絶食や抗生剤投与などによる保存的治療で改善することが多いものの、高度炎症により腸管穿孔をきたすと外科手術が必要になることもあります。虫垂炎では、軽症の場合には抗生剤投与による保存的治療で改善することもあるものの、手術による外科的治療が必要になることも多いです。腹腔内の悪性腫瘍疾患では、各種検査により病気の進行度を適切に評価し、患者さんの全身状態なども考慮して最善の治療法を選択する必要があります。膀胱炎では抗生剤を内服し、水分をしっかり接種することで多くの場合改善します。尿管結石はかなりの激痛を生じることも多いものの、基本的に命にかかわることはなく、痛みが強い時には痛み止めを使用し結石が膀胱に落ちるのを待つ保存的治療を行いますが、専門の泌尿器科では難治性結石に対し体外から超音波での結石破砕や、尿管に挿入した内視鏡からのレーザーによる結石破砕を行うこともあります。帯状疱疹では、皮疹が見られればできるだけ早期に抗ウイルス薬を投与し治療を開始することが必要です。また、女性の下腹部痛の原因となる婦人科疾患や、泌尿器疾患、動脈瘤などによる血管の疾患では、多くの場合それぞれの専門医による精密検査と治療が必要になります。