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食欲不振(食欲がない)

食欲不振(食欲がない)

食欲不振(食欲がない)とは

さまざまな病気が食欲不振の原因となりますが、その原因として多いのは消化器の病気です。消化器のなかでも、食道や胃、十二指腸など、実際に食物が通過する消化管に起こる病気が原因で食欲不振を発症することはよくあります。若い人の食欲不振では、胃炎や十二指腸炎、胃・十二指腸潰瘍や逆流性食道炎など胃酸が関与する上部消化管の病気で食欲不振を生じることも多く、しばしば吐き気や腹痛を伴うこともあります。また若い人の食欲不振では、精神的な影響により、食欲が低下することもしばしば見られます。高齢者に食欲不振が見られる場合にも消化器疾患が原因の事が多いものの、高齢者では悪性腫瘍が原因のことが時にあります。それ以外に、高齢者では様々な病気により全身状態が悪化していることが、活動性の低下や食欲不振の原因になっていることもあり注意が必要です。また高齢者では認知症の一症状として、活動性の低下や食欲不振を認めることもあります。そのため食欲不振の診察では、患者さんの年齢や病状経過、随伴症状などを考慮し、血液検査やエコー、内視鏡検査など各種検査を行うことで、原因を特定し、それぞれの原因疾患に対して適切な治療を行うことが必要になります。


食欲不振の原因と症状

食欲不振の原因となる病気は多数あり、それらは大きく分けて、①消化器の疾患、②精神科領域の疾患、③その他の病気によるものの3つに分けられます。頻度的に多いのは①の消化器疾患であり、その中でも胃炎や逆流性食道炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍などの消化管の病気で食欲低下の症状は頻繁に見られます。また膵炎や肝炎、胆石など、肝臓・胆嚢・膵臓の消化器疾患でも吐き気や腹痛・食欲不振などの症状を示すことがあります。また特に高齢の方では、消化器の悪性腫瘍が食欲低下や体重減少の原因となることがあり注意が必要です。若い方で食欲低下の症状が見られる場合は、ストレスなどが発症のきっかけとなるうつ病などの精神疾患により食欲が低下することもしばしばあり、逆に高齢者では認知症の症状の一つとして活動性の低下や食欲低下が見られることもあります。それ以外に、慢性腎不全や慢性呼吸不全、心不全など全身状態悪化に伴い倦怠感や食欲低下を認めたり、甲状腺機能低下による食欲不振もあります。さらに薬の副作用や、高カルシュウム血症や低ナトリウム血症などの電解質異常が食欲低下の原因になることもあります。

①消化器の病気

●胃炎や十二指腸炎

胃の中には食物を消化するための胃酸が存在しますが、胃酸の影響などにより胃や十二指腸の粘膜が損傷される胃炎や十二指腸炎では、吐き気や上腹部痛、食欲不振などの症状を認めることがあります。暴飲暴食や、ストレス、痛み止めなどの内服薬による影響などにより比較的急性に起こることもあれば、ピロリ菌感染が原因となり継続的に胃炎が持続することもあります。

●逆流性食道炎

逆流性食道炎では、胃と食道の境界部を超えて胃酸が食道内に逆流することにより食道粘膜が障害され、吐き気やむかつき、上腹部痛や食欲不振などの症状を起こします。生活習慣の改善や制酸剤の内服などの保存的な治療により症状が改善することが多いものの、難治性の場合には高度な食道裂孔ヘルニアなどの病態が関与していることもあります。

●胃潰瘍や十二指腸潰瘍

胃酸による胃や十二指腸への損傷が高度な場合は、胃潰瘍や十二指腸潰瘍を生じ、上腹部痛や嘔気、食欲不振などの症状を認めることがあります。一般的な胃潰瘍や十二指腸潰瘍では制酸剤の内服による保存的治療で改善することが多いものの、潰瘍が深くなり消化管に穴が開く穿孔性潰瘍では腹膜炎を生じ強い上腹部痛を認め、しばしば外科的手術が必要になります。胃潰瘍や十二指腸潰瘍はその発生にピロリ菌感染が関与していることも多く、感染例では再発予防や将来的な発癌予防の面でもピロリ菌に対する除菌治療が勧められます。

●腸閉塞

過去に腹部の開腹手術をしたことがある人は、以前の手術の影響で腸間膜が癒着し小腸の狭窄や閉塞を起こす癒着性の腸閉塞を起こしたり、また手術歴のない人でもヘルニアや腹腔内索状物が原因となり腸閉塞を起こすことがあります。腸閉塞を発症すると、小腸内に食物や消化液が滞留するため排便が停止し、腹痛や腹部膨満、嘔気・嘔吐、食欲不振などの症状を認めます。

●腹腔内の悪性腫瘍

消化管の早期癌は無症状のことが多いものの、癌が進行してくると消化管内の食物の通過に支障をきたすようになり、腹痛や吐き気、食欲不振や体重減少などの症状を認めることがあります。また、膵臓癌や胆嚢癌、肝臓癌などの消化器癌でも、病状が進行してくると倦怠感や食欲不振、体重減少、腹痛などを認めることがあります。また腹腔内で悪性腫瘍が進行し腹膜に転移し腹水の貯留などを認めると、腹部膨満や倦怠感、食欲不振などの症状を認めます。

●肝・胆・膵の消化器疾患

肝臓や胆嚢や膵臓は実際にその臓器の中を食物が通過するわけではありませんが、これらの臓器の病気でも食欲不振の原因になります。胆石や総胆管結石では、腹痛や嘔気・嘔吐、食欲低下や時に黄疸の症状を認めたり、また急性肝炎などの肝疾患でも発熱、食欲不振、倦怠感や黄疸などの症状を生じることがあります。アルコール多飲が発症の原因となることが多い膵炎でも、上腹部や背部の痛みとともに吐き気や食欲低下などの症状を認めることがあります。

②精神科領域の病気

食欲不振の原因として消化器の病気以外でしばしば見られるのが、精神科領域の病気による食欲不振です。うつ病などの気分障害では、ストレスがかかることなどがきっかけとなり、気持ちの落ち込みや倦怠感、意欲の低下、不眠などの睡眠障害、食欲不振などの症状を認めます。また、神経性食思不振症(拒食症)は若い女性に起こりやすい病気で、痩せたい気持ちが強く太ることへの不安から過剰なカロリー制限を行ったり、やせるために下剤を多用し、食後に嘔吐など繰り返す食行動の異常を認め、体重減少や食欲不振の症状が見られます。これらの病気は若い方に見られることも多く、専門の心療内科や精神科での治療が必要です。一方、高齢者では認知症の症状の一つとして、食欲不振の症状が見られることもあります。また高齢者に起こる老人性うつ病でも食欲不振や倦怠感、活動性の低下などが見られ、これらの病気でも専門の心療内科や精神科を受診しての治療が必要になります。

 

③その他の病気による食欲不振

それ以外にも、食欲不振の症状は様々な原因で起こります。頸部にある甲状腺からのホルモン分泌が低下する甲状腺機能低下症では、倦怠感や寒がり、便秘などの症状とともに食欲が低下することがあります。また、進行した種々の悪性腫瘍、慢性腎不全による尿毒症の状態、慢性閉塞性肺疾患などによる呼吸不全、虚血性心疾患や心不全などによる全身状態の悪化でも食欲の低下を認めることがあります。一般的に細菌やウイルスなどの感染症では全身状態が悪化すると発熱することが多いものの、高齢者では食事の誤嚥などによる肺炎や尿路感染症などによる細菌感染で全身状態が悪化しても発熱を認めず、全身倦怠感や食欲不振といった症状しか認めないこともあります。その他にも、抗がん剤や麻薬系鎮痛剤、強心薬であるジギタリス製剤など、治療薬として使用している薬の副作用が吐き気や食欲不振の原因になることもあります。さらに頻度は少ないものの、低ナトリウム血症や高カルシュウム血症などの電解質異常も、食欲低下や活動性の低下を認めることがあります。また、病気ではないものの妊娠初期のつわりにより、嘔吐や食欲不振の症状が強く出る人もいます。

食欲不振の検査と診断

食欲不振の原因となる病気は多岐にわたり、その診断には各種検査が必要になります。血液検査では細菌感染などによる炎症の有無や、甲状腺機能、腎・肝機能、電解質異常の有無などを調べることができます。食欲不振に付随する症状や病状経過、血液検査の結果などから消化器の病気が食欲不振の原因として疑われる場合には、腹部エコーや内視鏡検査などが検討されます。胃カメラでは実際に食道から胃、十二指腸まで内視鏡を挿入して、消化管の炎症や潰瘍や悪性疾患など食欲不振の原因となる病変の有無を検査できます。またエコーは体に無害で侵襲もないために腹部の病気の診断で頻用されており、肝臓や胆嚢、膵臓をエコー画像で描出し病気を診断できます。ただし、エコーでは気体の背後は超音波が届かず見えないために、体の背部にある膵臓は腸管ガスが邪魔になりエコーでは評価が難しいこともしばしばあり、CTやMRIなど別の画像検査による評価が必要になることもあります。一方で食欲不振の原因が精神科領域の病気であるかどうかは、血液検査や画像検査では判断はできません。明らかに精神的な病気が原因と考えられるエピソードや病状経過があれば比較的たやすく診断できるものの、そうでない場合は食欲不振の原因となる身体的な病気の存在が各種検査で否定されることで、精神的要因が原因と判断されることもあります。


食欲不振の治療

食欲不振を引き起こす病気は多数あるために、治療の方法はそれぞれの原因により異なります。胃炎や十二指腸炎、逆流性食道炎、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、などの消化管の病気では制酸剤の内服による内科的治療で改善することも多いものの、胃や十二指腸の壁に穴が開く穿孔性の胃潰瘍や十二指腸潰瘍では、多くの場合手術による外科的治療が必要になります。腸閉塞の場合、術後の癒着が原因となる癒着性の腸閉塞では鼻から小腸内にイレウス管と呼ばれる管を挿入し小腸内に貯留した腸液を排出し一時的な絶食と点滴による保存的治療で改善することもあるものの、血流障害を伴う腸閉塞や保存的治療で改善が見られない腸閉塞では外科的手術が必要になります。悪性腫瘍が食欲不振の原因の場合には、各種検査により病気の進行度を適切に評価し患者さんの全身状態なども考慮して最善の治療法を選択する必要があります。その他、肝・胆・膵の病気による食欲不振や、甲状腺機能低下や電解質異常などの代謝・内分泌の病気、心・肺の病気などによる全身状態の悪化などによる食欲不振でも、それぞれの病気に応じた治療が必要になります。精神疾患が原因で食欲低下を認めている場合には、心療内科や精神科を受診し専門医による治療が必要です。